東京地方裁判所 平成元年(特わ)1905号 判決 1990年6月26日
本店所在地
東京都文京区湯島四丁目六番一二-一二一七号
関東興産株式会社
(埼玉県浦和市大字大谷口一二九〇番地九
右代表者代表取締役
武捨忠義)
本籍
埼玉県浦和市大字大谷口一二九〇番地八
住居
埼玉県浦和市大字大谷口一二九〇番地八
会社役員
武捨義隆
昭和六年七月三日生
右の者らに対する各法人税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官渡辺咲子出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人関東興産株式会社を罰金二八〇〇万円に、被告人武捨義隆を懲役一年六月にそれぞれ処する。
被告人武捨義隆に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人関東興産株式会社(以下、「被告会社」という。)は、東京都文京区湯島四丁目六番一二-一二一七号(昭和六一年二月二四日以前は、東京都文京区大塚三丁目三三番五号)に本店を置き、不動産の売買等を目的とする資本金五〇〇〇万円(昭和六一年一二月三日までは、二〇〇〇万円)の株式会社であり、東京恒産株式会社(以下、「東京恒産」という。)は、東京都文京区湯島四丁目六番一一-三〇七号に本店を置き、不動産の売買、仲介等を目的とする資本金五〇〇万円の株式会社であり、被告人武捨義隆(以下、「被告人」という。)は、昭和四五年五月から平成元年一二月まで被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括し、また、昭和六〇年七月から昭和六一年九月まで東京恒産の取締役としてその経理事務等に従事していたものであるが、
第一 被告人は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、不動産売買仲介について仲介手数料収入を除外したり支払手数料を水増計上し、あるいは不動産売買や仲介取引について架空外注費を計上するなどの方法により、所得を秘匿した上、昭和六〇年六月一日から昭和六一年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が二億一三二九万六三三九円(別紙1修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が四三一七万二〇〇〇円あったのにかかわらず、昭和六一年七月一日、東京都文京区春日一丁目四番五号所在の所轄小石川税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二六四万五三三五円、課税土地譲渡利益金額が三一七二万九〇〇〇円であり、これに対する法人税額が七一六万五七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成元年押第一三五四号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額一億七五〇〇円と右申告税額との差額九二八四万一八〇〇円(別紙2脱税額計算書参照)を免れ
第二 被告人は、東京恒産の代表取締役小川五郎と共謀の上、東京恒産の業務に関し法人税を免れようと企て、不動産取引について架空外注費を計上し、あるいは小川の貸付金を東京恒産に仮装譲渡して資産計上した上その一部を貸倒金として計上するなどの方法により、所得を秘匿した上、昭和六〇年八月一日から昭和六一七月三一日までの事業年度における東京恒産の実際所得金額が九四六八万五八三九円(別紙3修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が二億五一八三万六〇〇〇円あったのにかかわらず、昭和六一年九月三〇日、東京都文京区本郷四丁目一五番一一号所在の所轄本郷税務署において、同税務署長に対し、欠損金が一六七七万二七二四円、課税土地譲渡利益金額一億六九九八万八〇〇〇円であり、これに対する法人税額が三三九九万七六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成元年押第一三五四号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、東京恒産の右事業年度における正規の法人税額九〇三八万一八〇〇円と右申告税額との差額五六三八万四二〇〇円(別紙4脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 第一回公判調書中の被告人の供述部分
一 被告人の検察官に対する平成元年一〇月一〇日付、同月一一日付(本文九丁のもの)、同年一一月四日付各供述調書
一 小川五郎の検察官に対する平成元年九月一四日付、同年一〇月三〇日付各供述調書
一 福田博司、松島吟次郎の検察官に対する各供述調書(謄本)
一 山﨑光雄の収税官吏に対する質問てん末書
判示第一の事実について
一 第四回公判調書中の被告人の供述部分
一 被告人の検察官に対する平成元年九月二七日付、同年一〇月四日付、同月一一日付(本文一三丁のもの)、同月一二日付、同月一五日付、同年一一月七日付、同月八日付(本文二二丁のもの)各供述調書
一 第六回公判調書中の証人原田強の供述部分
一 吉田邦弘の検察官に対する供述調書謄本二通
一 検察官作成の被告会社の支払外注費の捜査報告書
一 検察事務官作成の被告会社の手数料収入、企画料収入、仕入高、支払外注費、支払手数料、分配金、立退料、期末商品棚卸高、雑収入、支払利息及び割引料、事務所移転雑損金、融資手数料、保証債務、雑損失、土地譲渡利益金額、小石川税務署所在地の各捜査報告書
一 登記官作成の被告会社の平成元年七月一七日付法人登記簿謄本
一 北野興業株式会社作成の御見積書写
一 被告会社作成の出金伝票写
一 東京相互銀行上野支店作成の振込金受取書写
一 押収してある被告会社の法人税確定申告書一袋(平成元年押第一三五四号の1)
判示第二の事実について
一 第一回公判調書中の分離前の相被告人小川五郎の供述部分
一 被告人の検察官に対する平成元年一〇月一九日付、同月三一日付、同年一一月三日付、同月八日付(本文九丁のもの)各供述調書
一 小川五郎の検察官に対する平成元年一〇月三〇日付、同年一一月二日付(二通)、同月六日付各供述調書
一 収税官吏作成の東京恒産の手数料収入、売上利息、期首棚卸、外注加工費、期末棚卸、福利厚生費、電灯電力料、事務用品費、交際接待費、雑費、受取利息、雑収入、割引料、営業権償却、貸倒金、申告欠損金の各調査書
一 検察事務官作成の東京恒産の分配金、土地譲渡利益金額の各捜査報告書
一 本郷税務署長作成の証拠品提出書
一 登記官作成の東京恒産の法人登記簿謄本
一 押収してある東京恒産の法人税確定申告書一袋(平成元年押第一三五四号の2)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、被告会社の昭和六一年五月期の所得の計算において、被告会社が株式会社タマルエステートとの間で交わした東京都中野区中野二丁目所在の建物についての建物明渡請負契約に関係する収益及び経費を、それぞれ右期の益金及び損金として計上するのは誤りであり、右契約が仕事の完成を目的とした請負契約であることからすれば、それに関係する収益及び経費は全て、その請負仕事が完了した昭和六一年七月の属する昭和六二年五月期に計上すべきものである旨主張する。
そこで検討するに、弁護人は、前記タマルエステートとの間に交わされた契約は、土地上に存する建物の借家人らと交渉して建物を明け渡させた上、建物を撤去し土地を整地して引き渡すことを目的としたもので、それは請負契約にほかならない旨主張するのであるが、その契約が交わされるに至った契機や経過など、すなわち、右契約の一方当事者であるタマルエステートの実質的経営者であった中央信託銀行の福田博司は、自己が銀行業務として行う不動産取引にからんで、関与業者らに利益を自己へ分配、還元させて私的に利益を得ることを図り、これまでも被告人武捨を利用して被告会社等を取引の形だけの契約当事者や仲介業者とし、その利益を自己に分配させるなどして、福田は被告会社を便宜利用して来ており、被告会社も実質的な仕事をせずに利益に預かることから、その利用に応じるという関係が、福田ないしタマルエステートと被告人武捨ないし被告会社との間には成立していたこと、前記中野区所在の建物の明渡しについては、元々同建物の敷地である土地の転売を考えた福田がその経営するタマルエステートで請け負ったもので、そこで同社の吉田が専らその明渡し交渉等を行った結果、借家人達との間で立退料の金額、立退き時期など立退きについては全て合意に達し、契約書を取り交わす段階にあったこと、ただ右契約書を取り交わすに当たって、借家人達から要求された公表外の立退料を支払うためのいわゆる裏金を、タマルエステートでは調達できない事情があり、また従前どおり被告会社の得る利益から分配金を還元させる必要から、それまでも福田のために裏金作りなどをして役立ってきた被告会社が、同人の要請で急遽一枚加わるようになったものであること、そのためタマルエステートとの間で日付を遡らした建物明渡しに関する再請負契約書を作成した上、吉田と借家人との間で既に合意に達していた内容に従って、被告会社と借家人達との間で賃貸借合意解除の契約書を交わされた(急に被告会社が登場したため、相手方からは契約相手が違う旨抗議を受ける場面さえあった。)ものであること、従って右請負契約によって被告会社が引き受けた役割は、吉田と借家人との間で合意に達していた公表分及び公表外分を合わせた立退料を借家人達に確実に支払うことであったこと、なるほどタマルエステートと被告会社との間の契約書には、建物の撤去、敷地の整地も被告会社の役割の一部を成すかのように触れているものの、元タマルエステートが請け負った建物明渡請負契約においても、主眼は借家人達に建物明渡しの合意を取りつけることであって、立退き後の建物の撤去、敷地の整地については特段触れられていなかったように、その仕事量も経費も些細なものであることから全く付随的な仕事に過ぎないとみなされており、殊更それに対応する収益を区別して考えるということまではされていなかったことなどの事情からすれば、被告会社がタマルエステートとの間の契約によって引き受けた役割は、借家人らにすでに吉田が合意を得ていた総額六億七〇〇〇万円の立退料を支払うことが、その大部分をなすもので、建物の撤去、敷地の整地はいわばつけ足しに過ぎなかったといわなければならない。そして、被告会社が引き受けた役割が右のような総額六億七〇〇〇万円の立退料を支払うことにあったとすれば、その立退料の支払に応じて順次役務を果たしたものとみなし、それに見合う収益及び経費を考えることは相当であり、総額九億円の契約金のうちから立退料支払金額に応じてその都度収益及び経費を分けて計算することは、客観的に公正の原則に適うものというべく、従って、被告会社が昭和六一年五月末までに立退料を支払っている事実を踏まえ、その立退料支払額に応じて前記契約による収益を計上することは、原則的に是認されるといえる。
そこで更に、具体的に被告会社の行っている前記契約にからむ益金及び損金の処理の妥当性を考察してみると、被告会社は、益金については、契約金額九億円を立退料の公表分の昭和六一年五月期及び昭和六二年五月期の各期の支払額に応じて按分するという方法により、当六一年五月期の企画料収入として五億三五〇〇万円を計上しているが、被告会社が契約により引き受けた役割が前記のごとく金銭の支払というものであった以上、右契約金額を各期の支払立退料額に応じて按分して各期の益金として計上する方法は、一般的にそれ自体合理性があることは前述のとおりである。ところで、被告会社は、契約金額を当六一年五月期と翌六二年五月期の各期の立退料支払額に応じて按分するについて、公表外支払分を故意に捨象して公表支払分のみを前提にして按分しており、その点では各期に実際上支払った立退料に応じて益金を按分するという方法を一貫して貫いているわけではない。しかし、仮に、公表外支払分を含めた立退料支払額に応じて契約金額の各期の益金の割合を計算すると、当期分として計上される益金額は、六億三一三四万円余となり、また立退料以外に福田に支払った分配金をも加えた各期の経費に応じて益金を按分すると、当期分として計上される益金額は六億七五〇万円余となり、被告会社が当六一年五月期分として計上した益金額は、これら金額と比べても格別合理性に欠けるとはいえず、またそれら金額を下回るものであって被告会社にとって有利でもあることからすれば、それはいまだ不正なものとして否認すべきものとは認められない。次に立退料の損金として処理についてみると、右の六一年五月期と六二年五月期の各期における立退料支払額に応じて按分するという方法を益金、損金を通じて貫くならば、昭和六一年五月までに支払った公表分と公表外分の双方の立退料を損金として計上してよいことになり、高尾に支払った公表の一億九〇〇〇万円と公表外の一億円、合計二億九〇〇〇万円の立退料が損金として認められ、松の木に昭和六一年五月までに支払った公表の一億円と公表外の八〇〇〇万円の立退料も、損金として認められる関係にあるところ、被告会社は松の木に支払った右公表の立退料一億円を翌六二年五月期の前渡金としており(それは、松の木への立退料二億円が翌期の支払となることを考慮したためと推測される。)、そのためその損金の処理が益金の処理方針と一致しないところが生じているのであるが、その益金、損金の処理は、一つの契約から生じた益金、損金を期ごとにどう按分するかという問題であり、当事者の処理が全く恣意的で不公正とみるべき取扱いでない以上その処理は尊重すべきであるから、被告会社の右前渡金としての処理はいまだ否認すべきものではない。そうすると、右公表の立退料一億円と同じく、松の木に支払った公表外の立退料八〇〇〇万円も前渡金として扱うべきであり、当六一年五月期の損金には計上できないといわねばならない(なお、弁護人は、右公表外の八〇〇〇万円について翌六二年五月期の損金として扱うべきであるとしても、実際には更正の請求もなし得ず、損金として扱えない事態にあるので、不合理である旨主張するが、自らほ脱のため不正工作をして虚偽の確定申告をしたがため更正請求の機会を失したに過ぎないのであって、更正の請求ができないからといって、右八〇〇〇万円の扱いが不当であるとはいえない。)。
右のような理由、及びその他弁護人が述べるところを検討しても弁護人の前記主張は採用のかぎりでないことから、罪となるべき事実第一のごとく昭和六一年五月期の被告会社の所得を認定したものである。
(法令の適用)
一 罰条
被告会社の判示第一の所為につき
法人税法一六四条一項、一五九条一項、情状により同条二項
被告人の判示第一の所為につき
法人税法一五九条一項
被告人の判示第二の所為につき
刑法六〇条、法人税法一五九条一項
二 刑種選択
被告人の判示第一、第二の罪につき
各懲役刑選択
三 併合罪加重
被告人につき 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に加重)
四 執行猶予
被告人につき 刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、中央信託銀行本店不動産部次長の職にあった福田博司が、銀行業務として取り扱う不動産取引に関連して私財の著積を図った際、被告人武捨がそれに加担してその所得隠しと脱税に協力する一方、自ら経営などする被告会社や東京恒産の利益の獲得を図って犯した事犯であり、そもそも本件ほ脱の元となった被告会社や東京恒産の所得自体、到底健全な営業活動に基づくものではなく、その上当初から計画的に所得隠しなどの脱税のための工作を行っているものであり、その脱税は自らの会社の脱税ばかりでなく、福田の脱税にも一枚関与して利益に預かろうとしたものであって、本件はまさに脱税工作に始まって脱税工作に終わっているのであり、こうした脱税行為が行われることは、国民の健全な納税意識をないがしろにするもので、その社会的影響も無視できず、犯情悪質といわねばならない。
しかしながら、本件二件の脱税額は非常に多額には至っておらず、本件に至る経緯には前記福田の働きかけ等があったこと、被告人は現在では本件のごとき脱税行為について反省しており、これまで前科前歴もないことなどの事情もあり、その他諸般の情状を考慮して、主文のとおり刑の量定をする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 柴田秀樹 裁判官 西田眞基)
別紙1
修正損益計算書
<省略>
別紙2
脱税額計算書
<省略>
別紙3
修正損益計算書
<省略>
別紙4
脱税額計算書
<省略>